東京無線局検見川送信所跡

Kemigawa Radio Transmitting Station

 

外見編(冬バージョン)

敷地の東口より、遠景。 建物の東側。 建物の西南側。
建物の裏口(東南側)。 建物の裏口(西南側)。 建物の裏口上部。
建物裏口の2階入口。 建物の裏口(南側)正面。 建物の西壁(2階)。
建物の東南側。 建物の東南側の角(2階)。 建物の東壁(2階)。
建物の東南側。 建物南壁2階。 建物の表口(北側)。
建物の北東側。 建物の隣の塔(北側)。 建物の隣の塔(南側)。
建物の隣の塔の地下。 敷地内に建つ『検見川無線送信所』の記念碑。 建物の北側遠景。

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※この建物は1926年に、外国との通信を目的に建造された『東京無線局検見川送信所』の跡地である。日本初の標準短波通信を行った送信所で、第二次世界大戦中には、東南アジア圏との間の通信の重要拠点を担っていた戦争遺跡でもある。かつては、敷地内にいくつもの鉄塔が建ち、現在も残る本館は、もっと巨大で、東側に広がっていた。その後、NTT(旧電電公社)によって引き継がれたが、晩年は倉庫として利用されていた。倉庫として利用されていた頃、内部に潜入した仲間の話では、ダイヤル式の黒電話がたくさん放置されていたという。プッシュ回線の設置に伴い、大量に出た廃棄物の保管場になっていたのであろう。私が、内部調査した時には、中には何も残されていなかった。残念ながら、現在は、全ての窓が鉄板で封鎖されていて、往時の姿を見とどめることはできない。

 

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